日常生活でのセレンディピティ

『メディア・バイアス−あやしい健康情報とニセ科学』

松永和紀 著
『メディア・バイアス あやしい健康情報とニセ科学』
光文社新書

 著者は名前を読み間違えると男性のようにも思えるが,女性です(笑)。毎日新聞の記者を10年勤めた後,フリーの科学ライターになった人。

 本書の内容は,新聞やテレビなどのメディアで流される健康情報・科学情報に潜む問題点を,メディア・バイアスという観点から指摘したもの。
 2007年1月に関西テレビの「あるある大辞典II」で放送された納豆ダイエットの捏造は,まだ記憶に新しいでしょう。「あるある」に限らず,健康情報番組はいまだに多いように思います(2008年2月現在)。また,ニュース報道でも,残留農薬,遺伝子組み換え食品,食品添加物などの危険性を指摘するものを目にすることも多いでしょう。

 著者によれば,メディアは物事を「白か黒か」という単純な二分法でとらえ,危険性を指摘する警鐘報道をしたがるという。その原因は,記者の素朴な正義感もあるが,「安全だ」という報道よりも「危険だ!」というほうが世間を驚かすことができ,社内での評価が高くなる。また,「安全だ」と報道したものが,後から危険であることが判明すると非難される可能性が高いが,「危険だ」と報道したものが,安全だとわかっても非難されることはあまりない。その点でも,警鐘報道が楽なのだという。

 警鐘報道それ自体は悪いことではないでしょう。しかし,多面的な物事の一部だけを極端にクローズアップした報道は,やはり問題があると思います。正しい情報を提供しているというより,ただ人々の恐怖を煽っているに過ぎません。下記の引用が,メディア・バイアスとは何か,端的に表しているように思います。

 
「視聴率を上げたい」,「部数を伸ばしたい」というマスメディアの根源的欲求が,科学報道を単純化し,センセーショナル化していく(p.238)。



 個人的には,最終章で述べられていたフリーの科学ライターの現状が,妙に頭に残りました。科学記事をまともに書こうとすると,それなりの経費がかかる。研究機関に所属しているわけではないライターは,論文を手に入れるために1本30ドル(3千円ちょっと)ほどの費用がかかるらしい。研究機関にいれば,個人が自腹をきる必要はないのですが。また,専門書を購入すれば,2〜3千円は当たり前だし,物によってはもっと値が張ります。科学者や生産者を訪問して取材すれば交通費がかかる。交通費くらいは出版社が負担してくれることもあるようですが,資料の購入費までは面倒をみてくれないとか。なおかつ,綿密に取材し科学的に誠実な記事を書いたからといって,よく評価され原稿料が高くなるわけではないようです。それでは,真面目にやるほど,頑張るほど経費ばかりかかって,儲からなくなってしまいます。
 さらに,科学的に誠実な記事が,出版社や一般にうけるわけではありません。誠実である記事は「○○は危険だ!」というような歯切れのよい,センセーショナルな記事にはならず,編集部の受けはよくないとか。そんな状況では,誠実で優秀なジャーナリストを目指しても生活できず,取材が足りないトンデモ情報を垂れ流すライターになるしかないのかもしれません。これはテレビ局の製作会社も同じとのこと。まともな取材をしてもお金にならず,評価も得られないとは…。
 
 近年,国がサイエンス・コミュニケーションに関する事業を勧めています。科学技術の専門家と一般市民との間を橋渡しする人材(科学技術コミュニケーター)を育成する機関も設けられています。しかし,人材育成も大切ですが,科学技術コミュニケーターとして大きな役割をになっている科学ライターがこのような状況では,育成した人材が生かされないでしょう。人材育成だけでなく,人材を生かせるシステムも必要ではないでしょうか。


メディア・バイアス あやしい健康情報とニセ科学 (光文社新書 (298))メディア・バイアス あやしい健康情報とニセ科学 (光文社新書 (298))
(2007/04/17)
松永 和紀

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